[ THEME01 ]
T'構造の銅酸化物高温超伝導体における電子相関,スピンゆらぎと超伝導の発現メカニズムの解明
常圧力下でもっとも高い転移温度をもつ銅酸化物高温超伝導体において,超伝導の発現メカニズムを理解するためには物性相図を明らかにすることが重要です。以前,T'構造(図1)の電子キャリア注入(ドープ)型銅酸化物の薄膜と多結晶試料において,過剰な酸素を効果的に取り除くことで電子キャリアをドープしなくても超伝導が発現する「ノンドープ超伝導」が報告されました。これが真実であれば,T構造(図1)のホールキャリアドープ型銅酸化物で見られるモット絶縁体にキャリアをドープして超伝導が発現するという物性相図とは異なるため,電子ドープ型の電子対形成のメカニズムがホール型とは異なるかもしれません。
私たちの研究室では,東北大学の研究グループと共同で,T'構造銅酸化物から過剰な酸素を効率よく除去する方法(プロテクト還元法)を開発し,今までは絶縁体と思われていた電子ドープ型銅酸化物Pr1.3-xLa0.7CexCuO4のx=0.05-0.10の単結晶試料で超伝導を発現させることに成功しました。また,電気抵抗率やミュオンスピン緩和の測定の結果に基づいて,ノンドープ超伝導が強い電子相関に基づく電子エネルギーバンド構造(図2)で理解できることを提案しました。
ホールドープ型銅酸化物では,強い電子相関に基づく反強磁性モット絶縁体にホールをドープすることで反強磁性長距離秩序が壊れて超伝導が発現することから,反強磁性的なスピンのゆらぎが電子対の形成に効いていると考えられています。一方,電子ドープ型銅酸化物においてノンドープ超伝導が観測されたことから,電子ドープ型では電子相関が弱く,基底状態は金属的であると提案されました。しかし,本研究から強い電子相関に基づくバンド構造でノンドープ超伝導のメカニズムを理解できるとされたことから,電子ドープ型でも電子相関が強く,反強磁性的なスピンのゆらぎが電子対の形成に効いている可能性があります。
現在は,母物質を含む幅広い電子キャリア濃度の単結晶を用いて詳しい物性を調べる研究を進めています。同時に,他機関との共同研究[5-9]も進めており,電子ドープ型の超伝導の発現メカニズムを解明することを目指しています。中でも,電子を過剰にドープして超伝導が消失する試料におけるミュオンスピン緩和法を中心としたスピン相関の研究,X線吸収分光による母物質における還元による電子状態の変化の研究を精力的に展開しています。
- 足立匡, 小池洋二, 'Nd2CuO4構造(T'構造)を有する電子型銅酸化物における還元処理による電子状態の変化とノンドープ超伝導のメカニズム', 固体物理 49, No. 5, 7 (2014).
- 足立匡, 小池洋二, '銅酸化物におけるキャリヤーノンドープ超伝導', パリティ 32, No. 6, 14 (2017).
- T. Adachi, Y. Mori, A. Takahashi, M. Kato, T. Nishizaki, T. Sasaki, N. Kobayashi, Y. Koike, 'Evolution of the electronic state through the reduction annealing in electron-doped Pr1.3-xLa0.7CexCuO4+δ (x=0.10) single crystals: Antiferromagnetism, Kondo effect and superconductivity', J. Phys. Soc. Jpn. 82, 063713 (2013). (Papers of Editors' Choice) (Press Release)
- T. Adachi, A. Takahashi, K. M. Suzuki, M. A. Baqiya, T. Konno, T. Takamatsu, M. Kato, I. Watanabe, A. Koda, M. Miyazaki, R. Kadono, Y. Koike, 'Strong electron correlation behind the superconductivity in Ce-free and Ce-underdoped high-Tc T'-cuprates', J. Phys. Soc. Jpn. 85, 114716 (2016).
- M. Horio, T. Adachi, Y. Mori, A. Takahashi, T. Yoshida, H. Suzuki, L. C. C. Ambolode, II, K. Okazaki, K. Ono, H. Kumigashira, H. Anzaki, M. Arita, H. Namatame, M. Taniguchi, D. Otsuki, K. Sawada, M. Takahashi, T. Mizokawa, Y. Koike, A. Fujimori, 'Suppression of the antiferromagnetic pseudogap in the electron-doped high-temperature superconductor by protect annealing', Nature Communications 7, 10567 (2016). (Press Release)
- R. Ohnishi, M. Nakajima, S. Miyasaka, S. Tajima, T. Adachi, T. Ohgi, A. Takahashi, Y. Koike, 'Optical study of electron-doped cuprate Pr1.3-xLa0.7CexCuO4+δ in under-doped regime: Revisit the phase diagram', J. Phys. Soc. Jpn. 87, 043705 (2018).
- M. A. Baqiya, T. Adachi, A. Takahashi, T. Konno, T. Ohgi, I. Watanabe, Y. Koike, 'Muon-spin relaxation study of the spin correlations in the overdoped regime of electron-doped high-Tc cuprate superconductors', Phys. Rev. B 100, 064514 (2019).
- Y. S. Lee, H. Fukazawa, S. Kanamaru, M. Yamamoto, Y. Kohori, A. Takahashi, T. Kawamata, K. Kawabata, K. Tajima, T. Adachi, Y. Koike, 'Pseudogap behavior in T'-Pr1.3-xLa0.7CexCuO4 revealed by 63,65Cu NMR', J. Phys. Soc. Jpn. 89, 073709 (2020).
- T. Kawamata, S. Saito, N. Tsuji, T. Sumura, T. Adachi, M. Kato, Y. Sakurai, Y. Koike, 'Electronic state in T'-Pr1.3-xLa0.7CexCuO4 (x=0.10) studied by Compton scattering”, J. Phys. Soc. Jpn. 91, 114707 (2022).
[図1] 電子ドープ型超伝導体の結晶構造であるNd2CuO4構造(T’構造)とホールドープ型超伝導体の結晶構造であるK2NiF4構造(T構造)。ブロック層を見ると,T構造はNaCl型,T’構造は蛍石型となっています。このため,T構造ではCuの配位数が6であるのに対し,T’構造では4になっています。また,T’構造ではブロック層に過剰な酸素が入る傾向があります。
[図2] CuO2面における電子キャリア,ホールキャリア,Cuスピンの模式図。(a)過剰酸素が存在しない理想的な場合。(c)超伝導を示す還元した試料のように過剰酸素がわずかに存在する場合。(e)As-grown試料のように過剰酸素が多く存在する場合。(b)過剰酸素が存在しない理想的な場合((a)に対応)のバンド描像。(d)過剰酸素の直下のCuO2面のCuとOの軌道のエネルギー準位の模式図。(b)では,Cu3dx2-y2バンドのエネルギーが下がって,Cu3dx2-y2の上部ハバードバンド(UHB)とO2pバンドと重なることでフェルミエネルギーに電子キャリアとホールキャリアが生成することから,(a)では電子キャリアとホールキャリアが同時に存在します。また,これらが動き回ることでCu3dx2-y2の下部ハバードバンド(LHB)のスピンは反強磁性相関を持ってゆらいだ状態になります。過剰酸素が入ると(d)のような状況が実現し,(c)のようにCuO2面にCu3d3z2-r2のLHBのフリースピンが誘起され,近藤散乱を起こします。また,過剰酸素がCuO2面の静電ポテンシャルを乱すことから,過剰酸素の周りのCuO2面でキャリアが局在する傾向があり,Cuスピンの反強磁性相関が強まって短距離磁気秩序が形成されます。過剰酸素が多くなると,キャリアの局在はさらに強まり,(e)のようにCuスピンの反強磁性長距離秩序が形成されます。